写真の原初的な機能とは、カメラの前にあった現実を画像として保存する点にあります。対象なり情景なりを見つけ諸々の設定を整え、シャッターを押す。カメラは文字通り機械的に、現実を画像へと変換します。
いま「機械的に」と記しましたが、カメラが人の意図とは無関係に、機械的に現実を写す点-逆に言えば機械的にしか現実を写せない点−は、写真の持つ大きな特徴だといえるでしょう。すなわち、写真においては「見てはいたが意識していなかったもの」が写し出されるのです。
もっとも写真のこのような特徴はこれまで散々指摘されてきたことであり、そうした指摘自体、真新しいものではありません。そのようなコンセプトを持つ表現を行ったとしても、決して今日的な表現にはならないでしょう。
では、どのようなコンセプトを持った表現が、写真の今日的な表現と呼ぶにふさわしいのでしょうか。
本展の上原徹は、この問題に対し、先に挙げた「見てはいたが意識していなかったもの」という言葉に立ち戻り回答を与えようとしているように思えます。もちろん写真に何が写し出されているのか、というレベルにおいて回答しようとしているのではありません。新たな「見てはいたが意識していなかったもの」を探り、それを提示しようとしているのです。
では、上原の模索する「見てはいたが意識していなかったもの」とは何でしょうか。それは端的に言えば、写真そのものです。そこに何が写されているかではなく、写真そのものへと意識を向けること。そのようにして上原は、「見てはいたが意識していなかったもの」を示そうとします。
なお、本展のタイトル「INERT MODULES」とは直訳すれば「不活性なモデュール」という意味であり、上原が「不活性な、機能が不明な遺伝子」という言葉から連想し造語した言葉です。
ぜひご高覧下さい。
アーティスト・トーク
8月7日(土)18:00 -
佐伯慎亮(写真家)
林田新(視覚文化論)
上原徹
上原徹 UEHARA Toru
1980年 大阪市生まれ
2008年 京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程版画領域単位取得退学
2008
「INTERIM SHOW」 京都市立芸術大学新研究棟、京都
2007
「ART AWARD TOKYO」 行幸地下ギャラリー、東京
2006
「京都府美術工芸新鋭選抜展」 京都市文化博物館、京都
2003
「ミオ写真奨励賞展・審査員特別賞」 天王寺Mio、大阪